研究内容紹介

人口非密集地域における安全で質の高い全身麻酔の開発
人口非密集地域において、いかなる症例に対しても必要な外科的処置がいつでも施行されるためには、安全で質の高い全身麻酔が容易に経済的に随時に提供されなくてはならない。一方、現在の医療体制において手術が必要な場合、医学的にも社会的にも麻酔科専門医の存在が不可欠な条件となっている。しかるに、僻地や過疎地など人口非密集地域に麻酔科専門医を随時に派遣することは、人的にも経済的にもできない状況である。そこで、麻酔科専門医でなくとも全身麻酔の実行が可能となることを目的としてその開発研究を行った。このような麻酔では、麻酔科学の専門知識を必要とする術前評価および麻酔計画については麻酔科専門医がかかわるが、全身麻酔に伴う医療行為そのものは、できるだけ基本的で単純な医療行為で構成されるようにし、麻酔の実行には専門医の関与を少なくするようにする必要があると考えられる。

主要研究テーマ

新しいガン性痛治療薬の開発

痛みの原因として重要な役割をもつ神経成長因子(NGF)と、その高親和性受容体であるTrkAは、新規鎮痛薬の開発におけるターゲットの1つである。われわれは、TrkAの情報伝達を阻害する新しい疼痛治療薬の開発を行い、動物実験で、炎症による痛みや神経の障害に伴う痛みに対して効果を持つ、細胞膜透過性ペプチドのIPTRK3を開発した。本研究では、このペプチドが、がん疼痛モデル動物において、腫瘍増殖抑制効果とがん疼痛抑制効果の両作用をもつことをin vivoで明らかにする。また、全く新しいがん疼痛治療薬として臨床応用するためにも、生産コストを低くするためによりアミノ酸配列の短いペプチドの開発を目指すことが目的である。
現在の本邦における死因の第1位は悪性新生物であり、がん疼痛で苦しむ人々の約5〜10%は、今だ十分な除痛が得られていないのが現状である。その原因の一つは、痛み体験は多数の化学物質が関与しており、現在の鎮痛薬と鎮痛補助薬では、すべての関与をカバーできないことである。これらの化学物質の中で、神経成長因子(nerve growth factor; NGF)とその高親和性受容体のTrkAは、新しい疼痛治療薬の開発において有力なターゲットの1つと考えられている。当研究グループではこれまで、TrkAの活性化ループのアミノ酸配列(-GMSRDIYSTDYYR-)と相同なペプチドを作成し、TrkAのチロシンキナーゼ活性を直接抑制する新規の細胞膜透過性ペプチド “IPTRK3” (アミノ酸配列はYGRKKRRQRRR -X- SRDIYSTDYYR -NH2; Xはε-アミノカプロン酸)を開発した(ED50 = 30 -60μM)。このペプチドは動物の炎症性疼痛モデルにおいて、疼痛部位への直接投与で著明な鎮痛作用を示す(10mM局所投与)。また神経障害性疼痛モデルにおいて、全身投与で鎮痛効果を示すことを明らかにした(2 - 10mg/kg i.p.)。
一方、TrkAは様々ながん細胞で発現し、その増殖に関与していることが知られており、IPTRK3が、鎮痛効果を示す濃度で、TrkAが発現しているがん細胞の増殖を抑制することを明らかにし(ED50 = 10 – 50μM)、特許出願を行った(特願2008-166570 出願者;福井大学、発明者:廣瀬宗孝、黒田義弘)。

Impulse Oscillation System (IOS)による術前呼吸機能評価

非侵襲的な末梢気道の病態評価方法であるimpulse oscillation system (IOS)を用いて全身麻酔前の呼吸機能評価を行うことを目的とする。

ウェーブレットバイコヒーレンス法を用いた視床皮質再帰性回路の過渡的同期特性解明

麻酔下の意識制御を、ニューロンネットワークの立場から解析することを目的とする。

重症患者における鎮静薬とインスリン抵抗性との関連性の解明

集中治療患者は、手術後、感染、外傷、火傷などの侵襲によりインスリン抵抗性に陥っており、適切な血糖コントロールが、救命率改善に重要である。一方、あまり知られていないが、鎮静薬そのものがインスリン抵抗性を引き起こして救命率を低下させている可能性がある。最近使用されている代表的な鎮静薬である、プロポフォールとデクスメデトミジンについて、これらの薬剤がどの程度インスリン抵抗性を引き起こすかを調べ、実際に救命率に影響があるのかどうかを、調べていく予定である。

PMX‐DHPの新たなる可能性の探求

PMX-DHPは、元来はグラム陰性桿菌感染症による感染性ショックに対する治療法として、エンドトキシンを吸着する目的で本邦で開発された方法であるが、グラム陽性球菌、真菌、ウイルス感染により引き起こされた感染性ショックや、ARDS患者の酸素化能改善に対しても、その有効性が報告されている。しかし、その機序は明らかにされておらず、エンドトキシンだけでなくその他の未知の物質が吸着されている可能性について調べていく予定である。

冬眠の低体温療法への応用をめざして

Hibernation protein complex (HP complex) に注目し、HP complex をラットの脳室内に投与することにより冬眠が実現できるか、その時のバイタルサインやその他の生体機能がどうなっているか、投与終了後は合併症なく覚醒するかどうかを調べる。
この研究から、低体温療法に冬眠のメカニズムを取り入れ、より効果的で安全な低体温療法を開発することを目的とする。

揮発性麻酔薬のターゲットとしてのカリウムチャネルの分子機構の解明

麻酔のメカニズムに関する未解決の課題は「麻酔薬がなぜ様々な生物種で効くのか」である。このような生物種を問わない麻酔作用の普遍性は分子レベルでどのように説明できるか。カリウムチャネルがユビキタスに存在することとすべてのカリウムチャネル分子が共通のポア構造をもつことに着目し、「麻酔薬の未知のターゲットの1つが特定の分子種に依存しない、カリウムチャネルに共通な立体構造である」という新しい仮説を立て、イオンチャネルと麻酔薬に対する直接作用を明らかにする。

効果部位濃度を指標にした、術後鎮痛におけるPCA投与法の検討

周術期に適切な鎮痛を図ることは、術後合併症を減らし、患者の回復を促し、予後を改善する。痛みの感じ方には個体差があり、鎮痛薬の必要量も個体差が大きい。対策として患者自己調節鎮痛patient-controlled analgesia(PCA)が使用されているが、最適な投与量やロックアウト時間は明確でない。薬剤投与方法においては、従来、体重あたりの投与量が検討されてきたが、近年、血中濃度(Ci)および効果部位濃度(Ce)を指標にした投与方法の有用性が示唆されている。そこで、携帯型精密輸液ポンプを用いてPCAを行い、各鎮痛法で最適な投与量やロックアウト時間をCiやCeも指標に検討し、さらには患者一人一人に対応した投与方法を検討する。